… … … 漆黒の闇が見えた 次の瞬間、カーテンの向こう側が明るくなった。 同時に右の耳に遠い呼び声が入感。 (覚えてますよ、「…さん! 聞こえますか!」です) 呼び声はこもっていましたが、すぐにクリアに。そして、遠くではなく耳元からとわかりました。 まぶたをひらく。眩しい。 温かくてやわらかい黒い大きな輪ゴムが、口元から離れていく。 すぐ間近に、胸を上下に押している手と腕。 (やぁ、心臓マッサージかぁ…ってことは心臓が止まったんだな…) その手の持ち主が呼びかけながら、顔を近づけ、のぞき込んでくる。 「ハイ…」と答えたような気がする。 穏やかで静かで、とても良い気分だ。 こんなに気持ちの良い目覚めは何十年ぶりだろう。 管理人は自分の見たものを理解できたので、どうやら脳がダメージを受ける前に心拍動を取り戻したようです。たぶん1分以内ね。 心停止は3:25頃のことです。 虎ノ門病院に着いてから30分。 ほら、アノ、タクシー利用で稼いだ30分なのですよ。 もしCCUスタッフの前に心停止の状態で管理人が登場したとするなら、おそらく、限度とされる4分間のタイムリミットは超えていたでしょう。 そうなると、心臓は再び鼓動したとしても、脳は完全に…したがって管理人は、たぶん今も漆黒の闇の中…。 ところで、記憶が定かではないのですが、ニトロは全部で3粒なめました。初回のはお話しましたが、あとの2粒はなめたタイミングがはっきりしません。 とにかく、また発作が来たので、ホイ、舌下錠、ところが効かないんだなこれが…。 ドクター達は素早く会話し、ホイもう一錠、「噛み砕いてください」とのことで、言われるままに…。 でも効かないんだな、これまた…。 ただ、ドクター達には予想内だったようで、また何か頭文字による会話。「V…、M…」 あとから考えると、これが冠状動脈が詰まった瞬間だったようです。 ええと、左の図が心筋梗塞のときの心電図の波形です。右は正常時の波形です。この図はVectorWorks10で描きましたが、何を隠そう、管理人は決定的瞬間を記録した自分の心電図のコピーを持っております。管理人をご存知の方は、さもありなんと思われるはずですね。ついでに根掘り葉掘り質問しまして、幾つか知識も増えました。たとえば、心電図って3次元の表現になっているのですが、ご存知でしたか? さてさて、管理人の場合は、90%の梗塞とのことですが、これでもその血管を頼りにしている心臓にとっては大ダメージです。細胞の壊死が始まることになります。ニトロは血管を拡げるのですが、詰まっちゃったらどうにもこうにも。したがって、ニトロでは楽にもならないわけで、唸るだけ。このことからも、狭心症から心筋梗塞に移行したことが判断されるわけですね。 ちなみにVで始まる略語は「深刻な不整脈」を意味し、Mで始まる略語は「心筋梗塞」のことらしい。 血がまわらずに壊死した範囲が広いと、ポンプとしての心臓の性能は落ちますから、すぐに身体は酸欠になり、息切れなどします。それどころか、ペラペラになった心臓の壁はとてももろくなり、心破裂もありらしいです。 管理人の場合、詰まったのは3本ある冠状動脈の中央の1本の根本近くの太いところです。ま、他にも狭くなっているところはあるのですが、それは見なかったことにして。 で、この中央の冠状動脈は守備範囲が広いので、詰まると影響する範囲も広い。手当が遅れると広範囲が壊死します。おお、そう言えば、まだ手当をしていないぞ。 心停止から復活した管理人を乗せ、ストレッチャーは狭い廊下を疾走中です。 天井がぐんぐんと足元へ流れ、照明やら点検口やらが目まぐるしくて、つまりは、ほら、E.R.でお馴染みのショットですよ。「目を閉じないで下さいね」あくまで優しくドクター。「ハイッ」 再度心停止したときに、目を閉じていると発見が遅れますからね。エレベーターは先行のドクターが呼んでおり、オペ室までノンストップに設定。 エレベーターの中では、ドクターが「大丈夫ですからね」と落ち着いた声をかけてくれました。 ドクターから管理人へ「手術しますが、宜しいですか?」 「ハイ…」で、内容あらまし説明。 署名捺印は? と聞こうかなと思いましたが、なんだか皆さん忙しそうで。 エレベーターから再度ER式疾走です。「酸素ボンベ当たるよ」というのを聞いて、先程の黒い輪ゴムはやはり酸素マスクであったと再確認。はい、オペ室到着です。 「同意書等は奥さまに承諾をいただきました」とドクター。 「ハイ」 (奥さま、慌ただしくてゴメンネ) それにしても、この部屋に何人いるんだろう? 7〜8人かなあ。 「着衣を切らせていただきます」とナース。「ハイ」と管理人。セーターを下から首までチョキチョキとまっぷたつ。腕も左右ともチョキチョキで魚の開き状態。 (後刻、奥さまは無惨に切り裂かれたセーターを見て、激しいショックを受けた、と管理人に申しました。「とても高かったのに!」) 「全身麻酔ですか?」とTPOをわきまえないおしゃべりな管理人。 「いえ、局部麻酔です。歯医者さんと同じですよ」「大丈夫ですからね」「ハイ」 ここからは細かな描写割愛。 右太もものつけ根の大動脈に穴をあけて、カテーテルを心臓まで送り込み、詰まっている部分を細長い風船を膨らませて押し広げます。 風船を膨らませる山場では、さすがに緊迫感のあるやりとりでしたね。 だって、動脈硬化を起こしてもろくなっている血管は、圧をかけすぎると破れます。 また、長時間ふくらませていると、その間、血流は止まりますから、再度、心停止があり得ます。だから、管理人の両側にドクターが立ちました。 バルーンがふくらむと、先程と同じ熱い圧迫感が始まりました。 ドクターのカウントアップが聞こえます。30秒間でしたから、たぶん短い方だと思います。 バルーンを収縮させると、胸がフワッと楽になりました。梗塞の開通です。 ドクター間でも成功のざわめき、「うん、いいぞ、いいぞ」がとびかっています。 それはよかった、と管理人も思いました。 ドクターは次の操作を説明しながら処置してくれますので、不安もなければ不意をつかれることもありません。そして時々「大丈夫ですからね」と交互に声が。 バルーンのあとは、再度閉じないようにパイプ状のステントという部品を挿入します。「3-17」と聞こえたのがその寸法じゃないかと管理人は思っています。ちなみに、ステントの材質は管理人好みのチタンであります。 処理は、遠隔操作されるX線装置を継続的に使いながら進行します。横たわった管理人の胸の周囲をX線のアームが回転し接近し横滑りし、撮影し続けます。 血栓を溶かす薬品も入ったはずですし、造影剤も入っています。 ともかくバルーンで血管は破れなかったしめでたしです。 もし破れたら即座に開胸手術が必要ですから、病院によってはアウトか? まあ、この虎ノ門病院には循環器外科も循環器内科もCCUもあるのですから、ここで駄目ならゴメンネですね。 それにしても、心筋梗塞の発作からわずか1時間でオペ終了です。 つまり、管理人の冠状動脈が詰まっていた時間は、長くても1時間なのですが、聞くところによると、一般には、緊急手術と称するもので、どんなに急いでも3時間は掛かるとのこと。管理人の場合は準備万端整ってから詰まったので、待ってました! で1時間…。 3時ちょい前に到着、3時半に心臓を止めて、その直後にオペ室に入り、4時半には出てきました。ここに来る前にはホテルのチェックインも済ませてますから、まったく時間の無駄はありませんな。 さて、ここはCCU(冠動脈疾患集中治療室=Coronary
Care
Unit)、心臓専門のICUです。何処にでもあるというシロモノではありません。北海道では札幌と旭川だけかな? 管理人のマチには無論、ありません。もし自宅で発作に見舞われていたら、たぶん、このレポートはないですね。 CCUはオープン教室みたいに開放された造りです。管理人は個室ですが、それは一人分の仕切りというだけのこと。正面はナースステーションに向かって全開ですから、ドアのないトイレブースが並んでいるようなものです。 ベッドは固いです。通常の病院用のベッドなのですが、マットレスとシーツの間に12mmの合板が敷いてあるのですよ。言うまでもなく心マッサージ用の準備です。身体が沈んではマッサージにならんですからね。 管理人は、点滴の管をじゃらじゃらつけて、酸素チューブを鼻に突っ込んで、指先には血中O2だののセンサーや心拍モニターのケーブルも生やして、とってもにぎやかお祭り気分。でもスッポンポン(見たい?)に上掛け一枚。かつ。ベッドの天井には600×2000のパンチングメタルのエアサプライからすごい勢いで風が吹き下ろしてきます。フレッシュエアなんだろうけど、凍えそうに寒い。 奥さまとは3時から只今5時までのお別れでした。もし心停止からの復活がなければ、3時がお互いの見納めになるところでした。 奥さまは上から下まで白の術衣。笑っちゃあいけません(なぐられますよ)。何てったってCCUです。身内しか入室できないし、だから、トトロ殿とHATA会員が贈って下さった花も、身内じゃないので入室できませんでした。また、北海学園大の谷先生が上京中で、お見舞いにと連絡いただきましたが、丁重に辞退。来ていただいても中に入れませんので。タケちゃんとドワーフ三等兵さんも管理人ごときのために、わざわざ東京まで来ると連絡がありましたが、考え直していただきました。 これらのやり取りはみな奥さまです。当の管理人は、一言話すと一息必要という状態でして、たとえば「まだ?」「めし」「ひも」「じい」です。 絶対安静の72時間は長いです。 もっとも腕を持ち上げる力も出ません。顔を横に向けるのが精一杯。寝返りなんて夢のまた夢。だから、「腰がいてえ!」48時間を過ぎて、ストローで水を一口。おかゆの食事。横のままです。 これが絶対安静かあ…ハードだ。 ただですね。スプーン一杯のおかゆを飲み込んでわかったのですが。たったそれだけのことで心臓に負担がかかるのですよ。モニターで心拍数がポンと20も上がったんですよ。ごっくんで80が100です。おかゆで心停止なんて格好良くないですが、空腹には勝てず、最初の食事はスプーン3杯のおかゆ…ごちそうさまでした。 (ちなみに同日、奥さまと、急遽上京した管理人の娘はPレスホテルのルームサービス、T国ホテルで天一のランチ、さらに銀座田中屋でせいろを食されたとのことです)。 4日目にCCUからPost CCUに昇進。 同じ室内ですが、ちょっと奥というだけです。24時間、2時間ごとの心電図取りも間隔が長くなります。 この日は回復度をみる試験です。 「ベッドの上で身体を起こしてください」 「はあ?」と思った方、甘くみてはいけません。 心臓の血管をエントツ掃除のようにシコシコしたのですから、ダメージはあるのです。あと、間に合わなくて壊死した部分もあるし、心停止も負担だったし、だから4日目で上体を起こすというのは、とてもハードなエクササイズなのですよ。でも管理人は軽々とクリア。 5日目はベッドから降りて、5分間立っているという試練。 管理人はしゃべっているうちにクリア。言い忘れましたが、CCU
に来るとドクターよりナースが主役になります(1人で2人を看る態勢)。24時間3交代なので入れ替わり立ち替わりですが、みなさん若くて美人でスタイルよくて賢くて明るくてキビキビして、いやあ、どうしましょ。で、しゃべっていると5分です。 6日目は大冒険ですよお。なんと、ベッドから降りて、ちょっとそこまで3m歩きます。 膝がワナワナしましたが、何とかクリア。でも、WCとか洗面とかはナースコールして車椅子で連れて行ってもらいます。まだまだ負荷は禁物なのです。 本日、奥さまはあの黒澤カントクゆかりの「黒澤」で、それと知らずにお食事されました。赤坂にあるのですね。 7日目、ついに廊下を超えてトイレへ、5m歩行のエクササイズですな。 でもまだ車椅子です。奥さまはホテルオークラ(ご近所です)のパンをお求めになり… 8日目、つまりちょうど丸一週間です。 歩いてトイレに行ってよいことになりました。ワ〜イ。ただし大のみ。奥さまは銀ブラとお墓参り(浅草)。 9日目、朝シャワーを浴びました。 丁寧な清拭はあるのですが、やはりシャワーだと気分一新。もちろんバスタブに入れるのは遙か先の話。 10日目、あきれた話ですが、管理人は退院して本日北海道に帰ります。 一般的には、こんなに短期間では退院できません。4週間というところです。通常なら7日目までは絶対安静期間ですから、10日目ならまだベッドサイドが行動圏です。そもそもCCUから一般病棟に移ってから退院というのが常識ある行動です。 ともあれ、長旅に心臓が持ちこたえたなら、このレポートをアップしましょう。(持ちこたえたね) さて、羽田までタクシーでしたが、これが奇遇奇遇。 運転手さんが北海道出身。管理人のマチは岩見沢市ですが、その隣町、タケちゃんちのある三笠市出身! さらにタケちゃんちの本社がある萱野(地区)の保育園に通ったとかなんとか…。世間は狭いですね。 さてさて、千歳空港から我が家までもタクシーでしたが、これがまた奇遇奇遇。 運転手さんが3年前に心筋梗塞経験者。ちゃんと42日の入院だそうで、最初は管理人の話を信じてくれない…。でも、まあ、同病相憐れむで話が弾んで息切れしました。 江戸への旅立ちの日に、管理人は立派になって帰ると書き込みしましたが、二言はありません。 禁煙とダイエットと心臓のチューンナップをして帰還です。 管理人は禁煙に伴う苦慮は皆無という画期的な方法を発見しました。試しますか? レクチャーします。 ダイエットにつきましては、10日間で4kg減です。これも努力無しでやせる方法を管理人は発見しました。 心臓のチューンナップは、冠状動脈の血流をスムーズにし、パワーアップする整備です。費用はかかりますが、管理人はよいスタッフのいる病院を紹介します。 難点は、動脈内に生体にとっての異物が残るため、血栓を押さえる薬を続けねばなりません。また、定期点検の必要や再調整の可能性もあるなど、ちょっとデリケートです。 それにしても(毎度のことながら)、 たった3泊4日の旅行なのに、どうしてここまで大騒ぎに出来るのか? 今回は、常にもまして各方面に尋常ならざるご迷惑をおかけしまして、まことに申し訳ありません。 このレポートは旅日記ですが、じつはユニバーサルデザインとかハンディキャップとか色々考える所が多くありまして、いずれご報告をと考えております。ま、それが恩返し? 立て続けのラッキーがなければ、管理人の人生は2003年3月22日(土)午後3時25分で幕。 楽しいことも嬉しいことも悲しいことも素敵なことも、そのときですべてお仕舞い。 家族親戚知人友人クラブの皆さんとの会話も、その時点でチョン。もう一言も交わせません。 約半世紀の見聞録…管理人にしては上出来と思いますが、でも本当に未練はないかな? 食べたかったもの、見たかったもの、触れたかったものはないかな? ここでオシマシにして本当にヨイカナ? 我慢したあげくに、ついに逃がしたものはないかな? じつは管理人、心停止は初めてではありません。 小学校入学前に、チアノーゼを起こすほどの心停止を経験しております。 もし、そこで人生が終わっていたら、管理人のこの世での見聞は、ほんの数年分…感動もほんのわずか…。 それに比べると50年ですからね。十分と言えば充分かもしれません。 さて、管理人は、すでに3度目の心停止を体験することに決まっております。 そして、今度は3度目の正直。二度と動き出すことはないでしょう。 (と言いつつ、奥さまには4分間は心臓マッサージしてね、とお願いしてあります。ただし、4分間で戻らなければ、それ以上はやめて欲しい。すでに管理人は、そこにいないから…) ま、そのときが明日なのか数年後なのか、とにかく、今を生きよう、でございます。
<2003.4/4>
*
心の痛み
快適な飛行
エッサ?
お富さん
チェックイン
大手門から虎ノ門へ
…暗転…
*
<2003.4/8>
*
ただいま
詰まった?
E.R.
チタンだぜ
CCU
絶対安静
Post CCU
立派になって
ラッキー
*
つづく…のかな?
(闇が見えることにちょっと戸惑う…たった今までは闇さえ見えなかったのか?)
いや、カーテンじゃない、まぶただ。
心筋梗塞の波形
正常時の波形
管理人の決定的瞬間の心電図
<CCUでくつろぐ管理人と白衣の奥さま>
なぜか革張りのハイバックチェアに座ってます。
管理人が手に持っているのは心電図の無線送信機、
頭の上に見える液晶モニタにデータが出ますが、
もちろんナースステーションでも24時間監視です。
このシステムは管理人が贔屓のHewlett-Packard製品でした。